埋葬記

あるいはもう一つの起源の歴史
Jul 06
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Jun 10
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「ごはんを食べさせないことばかりが暴力なんじゃない。ごはんを餌にするのも暴力です。殴ることばかりが暴力なんじゃない。殴られないから幸せだと思わせるのも暴力です。あなたはもう大人で、ずいぶん賢くなったから、本当はそのことを知っているはずです」
Jun 08
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May 29
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『……現状をよりよい方向へ変えていくこと、たとえば、文化の違いを超えて人々が人権を認められ、残酷な仕打ちを免れるような世界を目指すことが可能であるとしても、その手段としてポストモダニズムは、人間の普遍的本質を探る哲学理論や、主権と人権の関連性を解明する憲法理論ではなく、人々の生活を実際に向上させ、自分たちが軽蔑し、差別し、虐待してきた異民族も同じ人間だと実感させるよう、彼(女)らの情操に訴えかける実用的手段を重視する。パラダイム相互間に比較可能性が存在しない以上、理性的対話の効用は限界がある。論理が力を発揮するのは、同じパラダイムの内部に限られる。われわれの課題は、理性の極北を摩する強力な哲学理論を生み出しそれを実現することよりはむしろ、思いやりに富んだ気立てのよい人々をなるべく多く育てることである。 希望は、理性の彼方にある。』 (長谷部恭男『比較不能な価値の迷路』)
May 25
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俺は死んだように諦めながら生きるのはうんざりだと思った。それから、健康と自尊心を持っていられないくせに、安全な場所に立ったときだけ雄弁な人間になってしまうのも嫌だった。俺はありがとうとかごめんなさいとか、あなたが好きだとか言いたい。みんな、それが本来だという前提に立ちながら、そうじゃない場所にわざわざ行って、しかもエラそうにしたりニヤニヤしたり照れたりコソコソしたりしている。俺はそんなのずるいと思ったね。むしろ話が違うからハァ?どっちかにすれば? 理路整然ぶっちゃってカッコつけて破綻してて変なのって思ったね。で、俺もそんなものにはなりたくないと思ったので、俺は自分が肯定できる自分になることにしたんだ。矛盾を生まないとかどっちを向かねばならないとか一山いくらで販売したいとか、そういうことは必要ない。俺がやることは、ただ俺が全面的に認められる俺になることなんだ。
May 21
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May 20
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microwalrus:

tatielle:
RedBike (via RedButtons)
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deadgirls:

misstugui:

o “Ball and Chain” by Vanessa von Heydebreck

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o “Ball and Chain” by Vanessa von Heydebreck
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そのとき私は、サンドイッチなるものには、なにをどう挟んでもかまわないのだということをあらためて学んだのだ。以来、なんでもかんでもパンに挟むようになり、なんでもかんでも本に挟むようになり、ドアとなれば、なんでもかんでも挟まれるようになったのである。